危機管理:水害編

当記事は書籍『印刷現場の予防保全』の著者である川名茂樹さんのご厚意により該当する章を転載したもの(本文のみ)です。1995年の阪神淡路大震災をもとに記述したものであり,その後,東日本大震災をはじめ海外含めいくつかの自然災害が発生し,災害対策の考え方も変わっているかもしれません。災害前後に印刷現場がとるべき方法としてご参考に供すれば幸いです。なお,本記事は,あくまで参考にしていただくものであり,災害対応,復旧を保障するものではありません。

2004年に多発した台風・集中豪雨被害

2004年は1年間に19個もの台風が日本に接近し,気象庁の統計開始以来最多となる10個の台風が上陸した。集中豪雨や暴風・高潮なども相次いで発生し,各地に大きな被害をもたらした。ちなみに2004年の全国レベルでの被害を気象庁の統計から紹介する。
● 死者・行方不明:326人
● 住宅損壊:90,791棟
● 住宅浸水:170,654棟
● 農業被害:約2,875億円
● 林業被害:約1,231億円
● 水産被害:約587億円
 しかも2000年から2004年の日本の気象災害による被害の推移を見ると,文字通りうなぎのぼりであるのがわかる(表11-1)。2000年と比較すると,2004年は死者・行方不明者は5.2倍,住宅損壊は70倍,住宅浸水は2.1倍,農林水産被害は6.8倍にもなるのだ。
 巨大な熱帯低気圧・熱波・寒波等の極端な気象現象=異常気象による被害は,日本だけにとどまらず全世界で発生している。この背景には地球温暖化があるという説もある。やはり自然災害は異常な状態に至っていると実感せざるを得ない。

台風18号の印刷会社への被害

2004年9月7日に九州地区に上陸し,日本列島を横断するように通過していった台風18号は,九州・中国・四国に多大な被害を与えた(図11-1)。この18号が印刷会社に与えた被害はどのようなものであっただろうか。図11-2は,小森機所有ユーザーだけの被害状況の一覧である。印刷会社全体を考えれば,この数倍になると思われる。
 広島市の枚葉機が1mも浸水してしまった被害(図11-3),屋根から雨漏りして機械が濡れた被害,ダクトから水が入り込み配電盤が不良となった被害,社屋の屋根や窓ガラス・シャッターの破損被害等多岐に渡っている。
 しかし同時に,対策を取ったがゆえに被害にあわずに済んだ例もいくつかある(図11-2では◎印)。山口市の例では,機械のギヤサイド側の壁にあった窓ガラスが割れて水が浸入した。3cmも浸水し,工場全体が水浸しになった。しかし機械にはあらかじめビニールシートをしっかりかけていたため,窓からの水もかからず被害にあわずに済んでいる。高松市の例では,前回の台風16号での浸水を教訓化して,入り口などに土嚢を積み上げて浸水を阻止している。
 このように台風・集中豪雨被害は多く発生しているといえるが,同時にそれを最小限の被害で抑えることも場合によっては可能なのである。

風水害への予防保全

予測できるものとできないもの

まず,風水害は予測のつくものと,予測のつかないものに分けられる。
 台風による風水害や高潮は,報道情報により事前対応ができるため,油断や手抜きをしなければ大きな被害にあわずに済むことが多い。これは一般家庭でも言えることであろう。
 しかし一般人には予測できないこともある。下水や用水路や河川の氾濫である。例えば,用水路についているゴミ取り用金網にゴミや木や葉っぱなどが詰まり一挙に氾濫し,20~30cmも浸水した例もある。都市部での浸水は,下水口やマンホールから逆流する氾濫が多い。この場合突如として水が溢れ出し,冠水する。特に注意すべきは,地下街や地下鉄,地下室に滝のように浸水する被害である。地下室にいて逃げ遅れ,死亡した人さえ出ている。まず地下街や地下室からは避難しておくべきだろう。そして注意深く周辺状況を把握するのが最善の策であろうか。
 以下,事前の対応,浸水時の対応,事後の対応の順で解説したい。

事前の対応

台風や豪雨に対しては,台風情報等から予測を立てることが可能である。事前対応によって被害軽減を図れる。以下項目別に列挙するので,参考にしていただきたい。
1.強風や豪雨によって吹き飛ばされないかどうか,看板・トタン・ダクト・ゴミ・植木などの日常チェックと事前対策。
2.用水路や下水路等ゴミがたまりやすくなっていないかの日常チェックと改善対策。
3.社屋全体の雨漏りチェックと改修。
4.ドアやシャッターがゆがんだり変形していないかの日常チェックと修理。その場合,水が浸入してきた時を想定し,土嚢等で防げるか具体的に見る必要がある。
5.水浸入を想定しての床面やピット内の電気配線・各種配管の点検と改善。特に電気配線はできるだけハンガーによる天井配線が望ましい。床におく場合でも,接続端子やケーブルなどが裸でむき出しになっていないかの点検と改善によって,被害を最小限に抑える。
6.機械や設備にかけるビニールシートと固定用ロープの事前準備と,保管管理システムの構築。
7.浸水危険の高い社屋がある場合は,土嚢の事前準備や緊急調達体制の構築。
8.停電対策。地震時にも使えるため発電機の事前準備と緊急調達体制の構築。リース会社の事前確認などが必要。
9.工場内の5Sの徹底と,床に直接物を置かない習慣化。5S工場パトロールなどの管理体制の構築と粘り強い継続活動。
 何事でもそうだが,「台風が襲ってくる! 浸水が始まった!」という具体的想定をして緊張感を持って,社屋や周辺状況,機械の点検をすることが重要である。

浸水発生時の対応

電源を即座に落とし絶対に入れない

通電状態で水につかれば,電気系統はほぼ全滅する。電源が入ってなければ,仮に水につかったとしても,洗浄と乾燥活動によってかなりの部分が復旧できる。したがって,浸水の危険性が高まったら,機械の電源だけでなく,大元のキュービクルから落とし,安全が確認できるまでは絶対に電源を入れないことである。機械メーカーの判断を必ず仰ぎ,許可が出てから電源を入れる。

床に置いている物を上に上げる

印刷機械の被害の大きな分かれ目は,オイルバスの高さまで水につかるか否かである。そのラインを超えた場合は,循環オイルに水が入り込んでしまうため,フラッシングやオイル交換が必要となるし,もしその水が機械にかかればサビや破損にいたる。またシリンダー内に水が入ることにもなるため,復旧作業も大掛かりとなる。しかし全てがそこまでつかるわけではない。
 重要なことは,床に置いているものをできるだけオイルバスより上に上げることである。ポンプやシートデカラー(用紙カール対策装置),各種装置など動かせるものは,ステップの上に置いたり,パレットなどの上に置いて少しでも床から高くする。50cm以上床から上げられれば,筆者の経験からいって80%は助かる。
 枚葉機の場合は,フィーダやデリバリーの紙積み台をできるだけ上に上げ,水につからないようにする。

機械にビニールシートをかける

台風18号の被災紹介で,山口市のユーザーの紹介をしたことをもう一度思い出していただきたい。雨漏りがあったり,近くの窓ガラスが割れて雨が吹き込んできたりしても,ビニールシートをかけていたため助かった例である。取り越し苦労になるかもしれないが,ぜひ実施していただきたい。その場合,本機だけでなくオペレータスタンドにもかけていただきたい。なぜなら電気機器の塊であり最も水を嫌うからである。また,窓ガラスが割れて風雨が入り込んで,小物などが飛ばされることも考えられる。小物が壊れたり,機械にぶつかって被害が拡大しないように,かたづけることも必要である。
決してあきらめないこと
 多くの浸水は,15~20cmであるから,工場の入り口(ドアやシャッター)に土嚢を積み上げる。それでも不安な場合は機械の周りに土嚢を積み上げて囲ってしまう。図11-2に土嚢を積み上げて助かった高松市のユーザーの話を紹介したが,決してあきらめず,考えられるあらゆることを実施していただきたい。

浸水後の対応

あらゆる事前対応や発生時対応を行ったとしても,それを上回る水害によって機械が冠水してしまった場合はどうすべきか。必ず機械メーカーに被災状態を報告し,その指示に従っていただきたい。勝手に電源を入れたり,動かすことによって二次被害をこうむる場合があるからだ。したがって復旧のサービス部隊が到着するまで待っていただきたいが,お客様にもやっていただきたいことがあるので,順を追って紹介したい。
1.被害状況の把握ができるまでは,工場と機械の電源は落としたままにする。漏電や感電の恐れがあるので,絶対に通電しない。
2.機械の冠水状態を把握する。床面から××cm位まで水に浸かったというように具体的数値で知る。周辺機器はどのような状態で置かれており,浸水状態はどうかつかむ。図11-4,11-5は,過去の浸水被害の写真である。
3.被害の状況を機械メーカーに連絡し,指示を受けそれに従う。
4.水が引いたら,極力早めに冠水した所の泥水を洗い流す。塗装された部分は清水(水道水)で洗い流し,鉄の露出部分は洗油などで洗浄して不純物を取り除く。きれいになったらスプレーオイルをふりかけておく。なお,汚泥は乾燥すると取り除くのに大変な時間を要する。
5.浸水がオイルバス以上になっている場合は,速やかにオイルバスから水と油を抜き取り,カバーを開けて内部を清掃する。機械を回さずに,必ず機械メーカーの到着を待つ。
6.ゴムローラー関係は取り外して清水で洗う。ベアリングは交換し,鉄の部分にはスプレーオイルをふりかける。乾くと洗い流すのに膨大な時間がかかるので急ぐこと。
7.冠水したギヤボックスなどのオイルは抜き取る。オイルが飛散・拡散しないように十分注意いただきたい。大きなギヤボックスやユニットのオイルタンク等は,浸水によって全体量が増えている場合があるため,直接フタを外すのは危険である。ドレーンポートから油抜きをしていただきたい。
8.冠水した配線ダクト・端子箱のフタを開けて,水を抜き乾燥させる。(図11-6)
9.カバーやフタなどは極力大きく開けて乾燥を促進させる。
10.乾燥は屋内電源(AC100V)の復旧後,温風機や扇風機やヘヤードライヤー等による乾燥が適当である。ただヘヤードライヤー等の連続使用は危険なので注意願いたい。
11.電気部品の復旧は機械メーカーの指示に従う。電気部品の良否判断は,目視では困難であり且つ危険である。技術者による判断が必要である。とりあえず乾燥させて絶縁チェックを行った上で,機能チェックをしていただきたい。
12.冠水したベアリング類は,フラッシングを完全に行うのであるが,基本的には交換が望ましい。
13.本機のオイルは,フラッシングを完全に行ってから,新しいオイルと交換する。もし白濁するようであれば,まだ水が残っていることゆえ,再度繰り返す必要がある。
14.電源は,安全確認ができるまで絶対に入れてはいけない。プロの判断を待つこと。
15.海水の場合は,乾くと塩分が残りベタベタして大変な労力を要するため,乾かないうちに各部の清掃やオイル交換を,急ぎ実施する必要がある。
 以上,事前対応・浸水発生時の対応・浸水後の対応と述べてきた。最後に一言。「決してあきらめないこと!」そうすれば「80%は浸水被害から助かる!」